インドに行って来ました。
2025年2月の旅程
1日目 中部-成田、成田-バンガロール(Bengaluru)
2日目 バンガロール、ハッサン(Hassan)
3日目 ハッサン(Hassan)、ベルール(Belur)、ハレービード(Halebeedu)
4日目 ハッサン、シュラバナベラゴラ(Shravanabelagola)
5日目 バーダーミ(Badami)
6日目 バーダーミ、アイホーレ(Aihole)、パッタダカル(Pattadakallu)
7日目 バーダーミ-ホスペット(Hosapete)-ハンピ(Hampi)
8日目 ハンピ
9日目 ハンピ
10日目 ハンピ、ホスペット
11日目 バンガロール
12日目 バンガロール
13日目 バンガロール-成田、成田-中部
3日目はハッサン(Hassan)行の夜行バスの中からです。
「ハッサンだよ、ハッサン」バスの乗員が席まで呼びに来ました。てっきりハッサンが終点だと思っていたら違うようです。荷物を持って降り口まで行き、「何とかモータースの前ですか?」尋ねると「?」だったので「NRサークルですか?」と尋ねると「そうだ!」と言われ、下車しました。Googeマップで凡周辺の地理を調べていたので歩き方は推測出来ました。人影が全くない、すっかり眠りについた真っ暗な街を歩きました。舗装はされているものの、砂埃の多い通りでした。ただ、夜行バスが何本も通り過ぎて行きます。この町はベンガルールからマンガロールまでの交通の要衝なのですね。
5分ほど歩いて宿泊先のTreebo Suvarna Comfortsに着きました。

入り口は消灯されていて真っ暗でしたが、ガラス戸を叩くと、中にいた男性が起き上がり、ドアを開けてくれました。2時半到着の予定がバスが1時間も遅れたようです。事前に連絡をしてありましたが、無事チェックイン出来ました。
部屋に入ってみると…






なかなかじゃないですか!?パッと見。
スマホの性能が良過ぎて、細かい部分を撮り切れていませんが、シーツやカバーに長い髪の毛があったりシミがあって不安になりました。したがって、今日もシュラフカバーに入って寝ました。再び4時の就寝です。外では突然沢山の犬が吠え合い、遠吠えも聞こえました。
あまり眠れませんでした。
翌朝、朝食はフロントでクーポンをもらって地下へ。

トレーに好きなものを盛ってもらう形式。試してみたいので全部下さい、とお願いしました。
左のカップはスイカジュース、上から時計回りにIdli、Vada、Sambar、Poha(たぶん)、ハルヴァ(たぶん)、Upma(たぶん)、真ん中はChutney。
全部、美味しかったです。

先に食べていた高齢者のグループの一人の男性が私の席の前に来て、「どちらからいらっしゃったのですか?」、「日本からです。」、「シンガポールかマレーシアからかと思いったので。どちらへお越しですか?」、「HalebeeduやBelurに観光に行く予定です。」、「ゴルフはしますか?」、「残念ながら。」といった会話を交わしました。突然声をかけられたので、驚きました。
出掛ける前にシャワーを浴びることにしました。シャワーヘッドから水が出て来ません。また、お湯になるまでに凄く時間がかかりました。ホットシャワーの概念が違うんだろうか?なんて思ってしまいました。さて、蛇口の下にあったのはバケツと手桶です。結局、バケツにお湯を貯めて、手桶で沐浴をしました。ご存じの方、これで合ってますよね?シャンプー兼シャワージェルのようなものが備え付けてあったので使いました。
出掛け際に受付でバスターミナルの場所を確認し、徒歩でOld Bus Standに向かいました。





バスターミナル内に英語の表記がありませんし、乗り場にもバスにも英語表記はありません。
事務所らしき場所でHalebeedu行の乗り場を尋ねました。あれだ、と指さされたバスに乗り込み、近くに座った女性に乗車券はどこで買うのか尋ねてみたところ、英語が通じず、Google翻訳のカンナダ語で通じました。事前に買う必要はないとのこと。その隣に座った女性とは英語で会話が出来、行先も間違っていないことが分かりました。「どこの国から来たの?」ときかれました。
ほどなくしてバスが出発しました。発車後に、車掌さんが料金を回収しに来ました。


Halebeeduまで、道がかなり悪く、バスも古いので、乗り心地は良くなかったです。車窓からの景色は農村、湖、田畑が続き、穏やかな南インドの雰囲気に溢れていました。
Halebeeduに到着し、乗って来たバスを撮りました。Hassanに折り返すのでしょう。乗客が殺到していました。

バスターミナルを離れて、Hoysale遺跡を探して、それらしき建造物の見える方に歩きました。途中道沿いに椰子の実や石の装飾品等の屋台が並んでいました。入口ではガイドブックを売る人、カットフルーツを売る人、骨とう品を売る人などが次々を声を掛けて来ました。

この遺跡は入場無料でした。インドの寺院では、手前で履物を脱いで所定の場所に預け、裸足で入らなければなりません。





突然、サリーをまとった女性のグループの一人が私の肩を叩き、Selfie! Selfie!と声を掛けてきました。あっ、これのことか!と思い出しました。あちこちで、写真を撮って欲しいと言われるのです。撮った写真が欲しいということでもなく、撮ってあげればいいそうです。こんな風に撮れましたよ、と見せてあげて終わりです。おめかしして観光にいらっしゃった女性たち。美しいですね。










この後、歩き方に載っていた博物館Halebeedu Museumを探しました。しかし、Google マップに騙されました。一旦外に出た後、敷地の外を周るというルートが表示され、5分程歩きましたが、遺跡群の敷地の外柵があって、Museumには入れません。諦めて歩いて来た道を戻ろうとした時、何かのきっかけで転倒してしまいました。下が瓦礫だったせいなのか、足をひねったせいなのか、今でも原因が分かりませんが、バランスを崩し、前のめりに転倒してしまったのです。膝、手のひら、肘を擦りむいていました。転倒した拍子に手をついてしまいましたし、左足首も痛みがありました。まずいことになりました。もしかしたら、二日目にして、捻挫や骨折をしてしまったかも知れない、このまま旅を続けられないかも知れないという不安が心をよぎりました。
何とか歩けそうだったので、遺跡群の入り口を通って、寺院まで戻り、Museumの行き方を尋ねました。寺院の裏手を歩けばよかったようです。サンダルを履いたままでもOKでした。
Museumの前に着くと入場料が必要と書かれた看板がありました。ところが、カウンタ等がある訳でもなく、オンラインでの支払いのみなのです。外国人は支払う術がないので、つまりは、インド人(または在住者)専用ということになります。見かけた数少ない欧米人も諦めて外から覗くだけでした。



これらの遺跡群は嘗てイギリス軍によって全て破壊されたのだそうです。その残骸を集めて、修復されたのが先ほど見て来た寺院です。まだ、残骸が数えきれないほどあちこちに転がっているし、修復作業も続いています。修復に携わる人たちにも出会いました。
瓦礫の山から修復までを説明した資料館も見学させていただきました。気の遠くなるようなプロジェクトです。
転倒した怪我も気になり、ベンチに腰掛けて休んでいると、二十歳前後と思われる若者のグループが近寄って来て「どこから来たのですか?」ときかれました。何だかとても興味をもってくれたようで、「日本です」と答えると「おぉ、日本!!」。「君たちはどこから?」、「カルナータカ(のどこそこ)から」。彼らも観光で来ていました。そして、立て続けに「バーフバリは知ってますか?RRRは?」、「勿論、日本でも人気があるよ」。一人の青年が「僕はRam Charanの大ファンなんだ。RRRの俳優ね!」と言うので、「私も同じだよ」と答えると、大歓声が沸き起こりました!インドでも人気の映画のようです。
この辺りから気づきました。どこにいても、人々の視線を感じます。実は、バンガロールのケンペゴウダ空港を出てからここまで、日本人はおろか、東洋人を全く見ていません。今まで、どの国に行っても決まって沢山の中国人や韓国人を見かけました。しかし、今回は違います。欧米人すら数人しか見ていません。インドの人たちの目には、私は一人の見慣れない(物珍しい)外国人として映っていたはずです。
怪我の心配がありましたが、次の目的地のBelurに発つ前に、Halebeeduの観光スポットを見ておかなければなりません。灼熱の太陽に照らされて、ひどく乾燥した道をひたすら歩きました。歩いている観光客の姿は全くありません。

ジャイナ教の寺院に到着しました。修学旅行の小学生がいました。

灼熱の太陽に照らされて石畳が熱いので、裸足でも歩けるように麻布のようなものが敷いてあります。



中は真っ暗で、職員の方がライトで照らしてくれました。





もう一つの寺院を目指して更に歩きます。のどかな田舎道でした。途中でバイクに乗った青年グループに追い抜かれました。

もう一つのジャイナ寺院遺跡 Shri Kedareshwara Swamy Templeに到着しました。
ここももともと瓦礫の山だったと言います。よくここまで修復できたと感心します。

職員の方でしょうか。「インドの神話は知っていますか?」、「これは架空の動物です」とか、ざっくりと説明をしてくれました。







来た道をそのまま歩いて、再びHalebeeduのバススタンドに戻って来ました。昼食をとるほど食欲もなかったので、そのまま次の目的地であるBelurに向かうことにしました。バスはあるのだろうかとバススタンドを歩いていると、バス会社の制服を着た男性を見かけ、声を掛けました。何と、先ほどHassanから乗って来たバスの車掌さんではないですか!よかった!「あそこにBelur行のバスが到着したばかりだよ」と教えてくれました。待つこともなく、こんなにタイミングよくバスに乗れるとは夢にも思ってもいませんでした。再び、のどかな田舎の風景を見ながら、結構荒っぽい運転のローカルバスの旅となりました。今回のバス移動で気付いたのは、下車する人がいると、車掌さんがホイッスルや口笛で運転手さんに知らせます。


前の席に座った眼鏡のおじいさん、荒っぽい運転のせいで隣の席に置いたペットボトルの水が床に転がり落ちるのを私は目撃しました。しばらくして、水がなくなっていることに気付いたおじいさんが通路を挟んだ隣の席の女性に知らないかと尋ねていましたので、「さっき転がり落ちて、床を行ったり来たりしていますよ」と知らせてあげました。目的地に近くなったところで、そのペットボトルの水は彼女の足元に転がって来て、何と最後には無事おじいさんの手元に戻ったのです。奇蹟の出来事でした。
終点のBelurに到着して、乗って来たバスを撮ろうと構えた時、降りて来た車掌さんと運転手さんに写真を撮ってくれと言われました。年季の入ったバスと凛々しい二人。決まってます!
「寺院はこの先をまっすぐ行けばいいよ。さぁ、これから昼飯だ!」と言って去って行きました。

Googleマップで予習をした通り、正面に寺院の入り口が見えます。









ここでは修学旅行で訪れていた女子学生が沢山いました。この彫刻の前で数名の学生が先生を撮影していて、少々時間が長かったので、私にも写真撮影をさせてて欲しいと伝えると、「どこの国から来たのですか?」ときかれました。「Japan」と答えると、何と、学生の一人が少し考えた後、「South Koreaのことですか?」と言うのです。さすがに先生は、それは違うと教えていましたが。私が驚愕したのは、高等教育を受けている人ですら「Japan」と聞いてピンと来ないのです。インド人は日本のことを知らない、インド人にとって、日本はメジャーな国ではないのだと改めて感じました。

Halebeeduで声を掛けて来た青年たちにも再会しました。離れていたので、手を振って挨拶しただけです。皆さん、同じようなルートで観光するのですね。




Hassanに戻る前に、ここで何か食べることにしました。さっきのバスの車掌さんたちはどこで食べたのでしょう。何を食べたらいいかも検討がつきませんし、怖くて、うかつに手を出せません。しばらく歩いた後、バスターミナルの敷地内らしいところで食堂を見つけました。ここならミールスがあるから、きっと大丈夫だろうと勝手な判断です。お店の女性にターリーにチャパティはどう?と勧められましたが、ミールスでチャパティ無しでお願いしました。そして隣の売店でLimcaの類似品を買って来ました。Limcaがなかなか見つかりません。食べたのはこれです。

同じテーブルの向かいに座っていた男性も同じものを食べていて、ご飯をトレーに広げ、素手で順番にご飯に混ぜ合わせながら食べていました。私にはまだ真似が出来ません。その隣の奥様はチャパティを召し上がっていました。一つだけ何か分からないものがありました。向かって左側にあるコップに入った液体です。薄くて味のないヨーグルトを薄めたような液体で、コリアンダーリーフが入っていました。飲んだらいいのか、ご飯にかけるのか、奥様の顔を見ながら、コップのまま少し飲んでみました。ずっと何か分からずじまいでした(帰国後に調べて「バターミルク」というものだと分かりました)。向かいの男性は最後にこれをご飯に混ぜて食べていました。
通路を挟んだ隣のテーブルで、ずっとスマホでNBAを見ていた男性が話しかけて来ました。私が決して手荷物を身体から離すことなく、おどおどしているように見えたのでしょうか。「そんなに緊張しなくても大丈夫。リラックスして!」と声をかけてくれました。南インドって、そういうところなのですね。改めて実感しました。
その通り、でも、まだ緊張が解けないのです。
完食は出来ませんでしたが、食後にチャイを頼みました。

そして、少し早めですが、Hassanに戻ることにしました。バスターミナルでHassan行きのバスがどこから出るか教えてもらい、再びタイミングよく乗車することが出来ました。乗った時には、かなり混雑していて、よく座れたと思います。到着時には激しい席取り合戦が行われたと思われます。

Googleマップで見ていてHassanに近づいて来たと思ったら、見おぼえのあるN.R.サークルを通り過ぎてしまいました。と言うことは、Old Bus Stand行きではなく、New Bus Stand行きだと分かりました。不安にはなりましたが、ホテルまで徒歩圏内でした。埃っぽい道を10分ほど歩いて帰りました。
夕食は何にしようか迷いましたが、階下のレストランで面白いものが食べられることが分かり、行ってみました。
ペーパードーサで、長さ50cmはあったでしょうか。マサラドーサではないので、中に何も入っていません。折り曲げてから食べて下さいと説明を受けました。朝食を食べるレストランなので、サンバルとチャツネは朝食と全く同じです。

飲み物は勧められたライムソーダです。カウンタに並べてあったライムを絞って炭酸水で割ったもの。黒いつぶつぶは何でしょうね。

食事の後は、ホテルで「ナイトマーケットのような所はないか」と尋ねてみましたが、それらしきものはないので、近くをぷらぷら歩きました。
3日目は朝からHassannから南にあるシュラバナベラゴラ(Shravanabelagola)を訪れ、その後、夜の列車で移動する予定だったため、レイトチェックアウトが出来ないか、受付に相談してみました。マネージャーっぽい方で、観光地についてもよくご存じで、朝出発してもバスでシュラバナベラゴラまでせいぜい1時間、観光して帰って来ても15時には戻れるでしょう、ということで、16時まででOKをいただきました。ダメなら朝チェックアウトしてから出掛けることも想定していたため、大変、有り難かったです。
部屋に戻って、洗濯をして、沐浴をして、休みました。
4日目につづく